大企業も羨望の年間休日130超! イベント業界発、アウトサイド・イン(社会課題解決型)ビジネスで実現する、働き方と“まち”づくりの「新しい景色」とは?

株式会社ホットスケープ(東京都港区)

コロナ禍が国内産業に及ぼしたさまざまな影響の中でも、特に長期にわたる開催自粛要請により大きな打撃を受けたイベント業界。2022年のイベント産業全体の市場規模は、2 兆 804 億円(2023年6月、一般社団法人日本イベント産業振興協会調べ)と、コロナ禍前の2019年実績に比べて8割近い水準にまで回復をみせています。

そのなかで、従業員数50人規模の少数精鋭で、ビジネスイベントの企画・制作・運営から、大手施設会場の運営受託・コンサルティングまで、飛躍的に業容を拡大している注目企業が、株式会社ホットスケープ(以下、敬称略)です。同社が注目されている理由は、パンデミック下でも黒字を維持したという、その財務・業績面だけではありません。

休日出勤や早朝・深夜勤務など過酷な就労実態がイメージされがちな業界にあって、社員1人あたり平均休日数が年間133日(2021年9月~2022年8月実績、有休取得日数を含む)という驚きのワーク・ライフ・バランスを実現し、決算書には表れない“非財務”指標でも、インパクトある数字でイベント業界のネガティブイメージを覆してみせたのです。

大企業も羨むようなミラクルな変革をどうやって成し遂げたのか、深層を解き明かすべく、働き方のSDGs研究所は、同社の前野伸幸社長にインタビューさせていただきました。

文責:本保茂和(Chief editor)

六本木ヒルズ、虎ノ門ヒルズ、丸ビル…名だたるディベロッパーが指名

同社の運営受託・コンサルティング事業の契約先には、森ビル株式会社の六本木ヒルズや虎ノ門ヒルズ、三菱地所株式会社の丸ビルや新丸ビルなど、誰もが知る都心の有名大型施設会場の名前が並びます。

名だたる総合不動産ディベロッパーから、同社がビジネスパートナーとして選ばれる理由には、会場を貸す立場(施設側)と借りる立場(主催者側)、その両方の目線を併せ持ち、単なる箱(物理的な「空間」)を売るのではなく、ドラマを生む舞台(人やモノの関係性から生まれる「場」)としての提案力に強みがあるといいます。

その競争力の源泉は、どこにあるのでしょうか?

国際新都心・グローバルビジネスセンターとして開発が進む虎ノ門ヒルズエリア

細分化した関連産業で成り立つ裾野の広さ


企業や各種団体、国・自治体などさまざまな主催者による多種多様なイベントに対応すべく、業界には分野ごとに、イベントプロデュース、企画・進行、演出・制作、イベント運営、会場設営・内装、警備・誘導など、細分化された多くの事業者が関わっています。前野社長によると、同社の外注先だけでも、実に300~400社に上るといいます。

このため、プロジェクト全体を網羅的にマネージメントする役割が求められ、必然的に大手広告代理店やその子会社が元請となり、分野ごとに下請各社へ外注する形態が多いという特徴があります。裾野の広い関連産業の協力があってこそ、一つひとつのイベントが成り立っているわけです。

業界課題は「労働環境」と「人材不足」

こうしたイベント業界における、働き方の現状はどうでしょう?

展示会やイベントに関する企業・団体を対象にしたアンケ―ト調査(2022年4月15日『見本市展示会通信』春季特集号(第872号)より、㈱ピーオーピー調べ)では、業界の課題について、「労働環境・働き方の改善」 と 「人材不足の解消」 が回答の上位を占め、これらは「コロナ禍以前から業界内で根強い問題となっている」と指摘されています。

出典:㈱ピーオーピー「展示会・イベント業界の課題」特別アンケートより当研究所作成

気になる休日数、国内平均は年間115.3日

このような働く人に関する課題は、何もイベント業界に限った話ではありません。少子高齢化・人口減少の進展により、2040年には、国内で1,100万人もの労働力不足が生じるとされているからです。どのようにしてこれからの人材獲得競争を勝ち抜いていくのか、企業における年間休日数は、採用において最も注目されやすい重要指標の一つとなっています。

厚労省の「令和4年就労条件総合調査」によると、常用労働者 30 人以上を雇用する国内企業約 6,400 社を対象にした調査では、労働者1人あたりの平均年間休日数は「115.3日」で、構成比では「120日~129日」が最多の30.2%となっています。これに対し、「130日以上」とする企業は全体の1%と極めて少なく、実現できれば堂々のトップ水準と言えるでしょう。

出典:厚労省「令和4年就労条件総合調査」より当研究所作成

代理店任せにしない決断が、社員の時間を取り戻す

イベント業界全体が働き方の改善に悩む中で、なぜ同社がこれだけの休日実績を誇れるのか、前野社長が明かしたキーワードは、「万全な直接受注体制」というものでした。

同社は創業後間もなく、広告代理店に頼らない独自路線を選択し、主催者側との直接受注契約にこだわる営業方針を貫いてきたというのです。その決断に至った当時を、前野社長は「関わる業者が多すぎて、自社の利益が一体どこから出てくるのか、さっぱり分からなかった」と振り返ります。

自分の頑張り次第でつかむ成功体験が、働きがいに

勇気ある経営者の取捨選択こそが、広告代理店など元請の指定するスケジュールに左右されずに、社員自身がコントロール可能な時間を取り戻すことにつながったのです。

その分、あらゆる手配をマルチタスクでこなさなければならない同社スタッフにとっては、何かと負担が増えそうです。それでも、元請側の事情に振り回されるより、働く時間もイベントの出来具合も、自分自身の頑張り次第で変えられるという自律型管理と、ひとつのイベントを自分の手で完結させる成功体験が、貴重な働きがいにつながっているといいます。

「B to B」に特化、企業内イベントの開拓も奏功

同社のビジネスモデルの特筆すべき点は、これだけではありません。華やかなエンターテインメント系を捨て、ビジネス(B to B)系に戦略的に特化。また、企業内で広告宣伝費以外の予算決定権を持つ人事部・総務部管轄の社内イベント分野にも狙いを定め、単なるイベント売りではなく、福利厚生など制度としての提案力で市場開拓の実績を上げてきたといいます。

こうしたビジネスニーズに絞り込んだ結果、同社が請け負うイベント開催日はほぼウィークデーのみとなり、また、大手企業であるほど、土・日曜、祝日が休日であるケースが多いことから、クライアント企業に呼応して同社も「土日休み」を実現することができたわけです。業界他社からの転職者の中には「こんなに休んで大丈夫?」と驚く人も多いそうです。

先行ノウハウ持つオンライン配信が一気に時流へ

コロナ禍で急速に広がったイベントのオンライン配信ですが、同社ではコロナ禍の前から演出の一つに取り入れ始めていたというノウハウが、奇しくもパンデミックで時宜を得て、一気に時流に乗りました。

オンラインとリアルのハイブリッド開催などでも豊富な経験を有する先行者メリットを活かし、いまやビジネスイベントのDX化をけん引する存在となった同社ですが、これが自社でもリモートワーク推進など、柔軟で多様な働き方やプライベートとの両立支援の面でプラス要素になっているようです。

家族も喜ぶ娯楽手当で、“あそび”から“まなび”も

ユニークな社内制度にも要注目です。同社の「娯楽サポート制度」は、プライベートで映画・テーマパーク・舞台・ 書籍などから得た演出のヒントについて会社にレポートを提出すると、年間15,000円が支給されるという仕組みです。家族で利用した社員からは、日ごろ気づかないような子どもや配偶者目線のレポートも届くそうです。

「例えば、テーマパークの2時間待ちはなぜ退屈じゃないのか? そこに詰まっている演出や工夫に気づいてほしい」という前野社長の仕掛けであり、“あそび”ながらアンテナ感度を磨き、仕事への“まなび”にフィードバックするという、「人材成長」と「事業成長」の循環を生み出している好例といえそうです。

パンデミックを経て、変化を遂げたイベントのチカラ

パンデミックを経たいま、コロナ禍前後のイベントのあり方は、大きく様変わりしようとしています。

施設会場を貸す側の事情、借りる側の事情、両者の利害が時には対立する場面を乗り越えながら、ようやく回復ステージとなるアフターコロナの時代に入りました。そのはざまで、浮き彫りとなった社会課題とは何でしょう?

貸す側と借りる側、背景にある社会課題とは?

貸し手視点で見ると、借り手(顧客)の課題(例えば、一人でも多くの来場者)に対し、「プロダクト・アウト」や「マーケット・イン」という従来型アプローチが成り立たない状況に陥ったのが、コロナ禍でした。そこで、顧客課題からもう少し視点を昇華させてみると、その外側(アウトサイド)に、背景となる社会課題(例えば、“密”の解消とまちの活性化の両立)が見えてきます。

感染防止に配慮しながら、距離の制約を超えるオンラインの利便性、リアルならではの臨場感ある体験価値、それぞれの利点を組み合わせた施設の新たな活用法や、複数会場をスマートに連携させたイベントの新しい形が、進化したITの活用によって実現され始めています。顧客ニーズと社会ニーズを両立させることで、イベントが持つ可能性は、むしろ一気に広がったといってよいでしょう。

出典:SDGsビジネス総合スクール “StartSDGs”より当研究所一部改編

CSRへ視点を昇華する「アウトサイド・イン」アプローチ

SDGsビジネスの開発手法の一つである「アウトサイド・イン」アプローチは、「社会課題の解決を起点にした新規ビジネスの創出」を意味します。顧客が求める価値と社会課題の解決を両立するビジネスモデルこそが、CSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)への貢献にもつながるというものです。

これにより、企業理念に対する顧客や社会からの共感性を高め、マーケティング面において有効であるばかりか、ESG(Environment:環境、Social:社会、Governance:ガバナンス)を重視する株主・投資家や、就活中の若く優秀な人材など、財務や採用面でも企業のブランド価値を格上げするものと期待できるのです。

サスティナブルな“まちの未来風景”をブランディング

こうした理念に共感するイベントの受託が増えるほど、クライアントとの信頼関係はますます強固なものとなっているようです。同社の契約相手のうち、リピーター顧客が85%を占め、残る15%の新規顧客はほぼすべて既存客からの紹介という良好なエンゲージメントを構築しているのも、ビジネスモデルの持続可能性を示す一面でしょう。

そればかりか、舞台となる施設会場やまち全体にも、次第に共感性の高いブランドイメージが定着してくると前野社長は言います。同社でも、そうしたブランディングに寄与できるイベントを優先的に誘致することによって、まち全体のイメージアップと活性化につなげ、共感の循環が生み出すまちの未来像への貢献を目指していく考えです。

直接受注体制で鍛えられた、現場感覚とコンサル力という価値

そのためにも、直接受注体制で鍛えられた現場感覚とコンサルティング能力を備え、利用者目線ではディベロッパーよりも会場の良さを知り抜く同社スタッフは、大きな役割を果たす可能性を有しています。同社の働き方改革への挑戦は、休日数や労働時間にとどまらず、“人財”成長の原動力として無二の価値を生み出すことにも成功しているといえそうです。

「心熱く(ホット)なる景色(スケープ)づくり」が企業使命

「表彰台の上の1人はすでにヒーロー。表彰台を眺めている残り99人をいかに心熱くさせ、将来のヒーローを生みだせるかに、イベントの真価がある」と前野社長。人と人が出会う景色を熱く演出し、まちと人ににぎわいを取り戻すという企業ミッションの実現に向けて、これからのワクワクするチャレンジを当研究所も引き続き注視してまいります。

株式会社ホットスケープ
http://www.hotscape.co.jp/

【SDGsへの貢献性】

Goal11

〈ターゲットNo.11-3〉
2030年までに、包摂的かつ持続可能な都市化を促進し、全ての国々の参加型、包摂的かつ持続可能な人間居住計画・管理の能力を強化する。
〈ターゲットNo.11-7〉
2030年までに、女性、子供、高齢者及び障害者を含め、人々に安全で包摂的かつ利用が容易な緑地や公共スペースへの普遍的アクセスを提供する。

Goal8

〈ターゲットNo.8-5〉
2030年までに、若者や障害者を含む全ての男性及び女性の、完全かつ生産的な雇用及び働きがいのある人間らしい仕事、並びに同一労働同一賃金を達成する。
〈ターゲットNo.8-9〉
2030年までに、雇用創出、地方の文化振興・産品販促につながる持続可能な観光業を促進するための政策を立案し実施する。

Goal17

ターゲットNo.17-17〉
さまざまなパートナーシップの経験などをもとにして、効果的な公的、官民、市民社会のパートナーシップをすすめる。

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