入社後のモヤモヤに効く“会社の保健室”―本音引き出す安全地帯が、多様な働きがい芽吹く「人的資本」を育む

株式会社セレブリックス(東京都江東区)

営業代行・営業コンサルティングを主力事業として今年設立26年目を迎え、全国各拠点に社員約 1,300名を擁する株式会社セレブリックス(以下、敬称略)は、日本最大級の営業エンターテイメント「Japan Sales Collection」を開催するなど、セールス現場の第一線で業界をけん引する実力派企業です。

営業力においてまさに「剛」のツワモノともいえる同社ですが、そんなイメージとは対照的に、いま「柔」なる組織戦略で注目を集めています。それが、2022年4月に新設したという社内部署「エンプロイー サクセス グループ」です。

直訳どおり「従業員の成功体験支援」が目的というこの組織、社員向け相談窓口としてその名も「キャリア保健室」というユニークな看板を掲げ、発足1年にして早期離職を6割以上も削減したといいますから、自社の定着率に悩むあらゆる業種・業界の耳目を引き付けずにはおきません。

学校になくてはならない保健室という心身の安全地帯。一方、ありそうでなかった“会社の保健室”が、どのようにして悩める社員をサポートし、離職率のV字回復を成し遂げたのか、働き方のSDGs研究所は、責任者の同社セールスカンパニー 事業推進部の髙橋佑甫部長と荒井春輝エンプロイーサクセスGr.リーダーにインタビューさせていただきました。

文責:本保茂和(Chief editor)

“働きがいの健康ケア”に全力で向き合う専任チーム

「エンプロイー サクセス グループ」は、一般的な企業の人事部門における採用や人事などの職責は有せず、教育と面談フォローの側面から従業員満足度(ES)向上をめざす専門部隊。しかも、メンター制度やエルダー制度とは異なって、所属スタッフは他部署と掛け持ちなしの専任者で構成され、社員の健全な状態を実現することに100%コミットしている点に、同社の本気度がうかがえます。

具体的な活動内容として特筆すべきは、入社時研修を終えた新入社員一人ひとりに、専任講師がその後1年かけて継続的に面談を行う伴走支援プログラムがあります。だれしもが経験する配属直後の不安や悩みを、新入社員がすぐには上司などに相談しにいくという実情を想定したもので、コロナ禍のリモートワークによるコミュニケーション不足も背景となったようです。

しかし、働くうえでのお悩みは、むろん入社1年で尽きるものではありません。2年目以降の社員もキャリアステージに応じてさまざまな相談を持ち込める窓口として開設されたのが「キャリア保健室」というわけです。この2段構えのサポート体制によって、特に勤続早期段階の社員に対するセーフティネット的機能を果たしていると言えそうです。

相談内容や自分のタイプに応じて「保健室の先生」を選べる相談マップ

個性豊かな「保健室の先生」から、悩みに応じて指名可能


あらゆる分野のお悩みに対応すべく配属された「保健室の先生」は、現在7人体制。キャリアコンサルタントの有資格者、コーチングやトレーナーの経験者、育児と両立のワークママまで、いずれも実力を見込まれて抜擢されたメンバーばかり。とはいえ、相談と一口に言っても千差万別ですから、数多いメンバーのだれに相談すればよいか、迷ってしまいそうです。

そこで同部署では、個性豊かな7人の得意領域を分かりやすく分類した「相談マップ」を作成。相談内容や自分のタイプに応じて社員が自由に指名できるよう、メンバーの顔写真やコメントとともに社内公開しているのも、心理的距離感を縮め、思わず相談してみたくなるようなユニークな仕掛けです。

「人材サービス企業が、社員を疎かにしていいのだろうか?」

ここまで手厚いサポート体制を整えるに至った背景とは、どのようなものだったのでしょうか?

きっかけの一つが、早期離職者増加への危機感だったといいます。かねてよりテレワーク拡大に伴う社内コミュニケーション不足が指摘されるなか、特に新入社員のコミュニケーション頻度が減少し、「人材を“提供価値”にする会社が、これから会社の文化を創っていく若い社員のケアを疎かにしていてよいのか、という強い問題意識があった」と髙橋部長は振り返ります。

同社の2021年4月~2022年3月の入社1年以内退職者数は、入社120人中15人で離職率12.5%。これは新卒・既卒を含む数値であり、一般的に中途採用者の離職率は新卒者よりも高いとされていますから一概に比較できませんが、厚生労働省がまとめた「新規学卒就職者の離職状況」によると、2022年3月大卒者の新卒1年目離職率は12.2%となっています。

さまざまな悩みに寄り添う個性的なメンバーが勢ぞろい

発足1年で離職者6割減、社内で増す存在感

こうした現場からの切実な声と熱量が、2022年4月には「エンプロイー サクセス グループ」新設という迅速な打ち手につながったわけですが、初めから順調な滑り出しとはいかなかったようです。当初はメンバー1人体制からスタートし、他部署からはその必要性を疑問視するような声も聞かれたといいます。

それでも、真摯な想いで向き合う1対1の本音の対話を通じ、相談後にイキイキとして帰ってくる新人社員の姿に、他部署の間にも少しずつ共感が広がっていきます。そして、効果を裏付けるように、発足1年目で入社146人中退職者5人と前年比6割以上の減少、離職率は3.4%にまで劇的改善を見せ、今ではメンバー7人体制、1人あたり年間40~50人からの相談を受け持つまでに存在感を増してきたのです。

HRテック活用で、面談品質のエビデンスも重視

年間離職率だけでなく、一つひとつの面談レベルでの品質向上に取り組む努力も見落とせないポイントです。HRテックと呼ばれる人事分野の先端ITサービスを活用し、相談者のコンディションをオンライン・サーベイで定期的にスコア化。面談前後の客観的データをエビデンスとして、効果的なアクションや面談の優先順位を検証する試みです。

「悩んでいた部下がV字回復して戻ってきた」―こうした小さな成功体験の積み重ねによって、相談者の上司も一目置く説得力と信頼感を着実に築き上げてきたのです。

早期離職と定着率は、あらゆる業界の共通課題

少子高齢化に伴う労働力不足への危惧が高まるなか、社員の早期離職防止と定着率向上は、同社のみならず、あらゆる業界にとって共通の社会課題と言っていいでしょう。

「リアリティ・ショック」―入社3年以内に3分の1が社外流出

厚生労働省の「新規学卒就職者の離職状況」によると、新規学卒者が入社3年以内に離職した割合(2019年3月卒合計)は、入社1年以内で14.0%、2年以内で24.1%、3年以内では34.4%と全体の3分の1に上り、採用や教育コストに見合う付加価値を発揮する前に、社外流出している現状が浮かび上がってきます。

採用前に思い描いていた期待値と、入社後の現実のギャップから来る「リアリティ・ショック」を処理しきれず、誰にも相談できないまま離職行動へと至ってしまうケースも多いのではないでしょうか。

厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況」より当研究所作成
https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000177553_00005.html

「雇用の安定」から、「働く意義や満足度」にシフト

その背景には、仕事に求める価値観と転職に対する意識の変化が影響しているとされています。

これまでは、終身雇用に象徴されるように「雇用の安定」が重視され、変化によるリスクを避ける価値観が長く続いてきました。

しかし、いまや「VUCA」(ブーカ:Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字)と呼ばれる予測困難時代。なぜここで働くのかという意義付けと満足度重視へ価値観はシフトし、人手不足が常態化するなかで、働く人も企業側も、転職は数回あっても当たり前という受け止めが広がっています。

重要性増す「オンボーディング」と「リテンション」

マイナビ転職「新入社員の意識調査(2022年)」によると、今の仕事に働きがいを感じていない人は、「3年以内退職予定」とする回答が6 割超に達し、「働きがいがある」グループの2割という数値に比べ、勤続意向が低い傾向が顕著に表れています。

出典:マイナビ転職「新入社員の意識調査(2022年)」より
https://www.mynavi.jp/news/2022/08/post_34624.html

このため、新入社員の不安定な時期をサポートして早期戦力化する「オンボーディング」や、育成した人材を流出させないための「リテンション」が、多くの企業で重要な人事施策となっているわけです。

1 on 1(ワン・オン・ワン)ミーティングと呼ばれる社員と上司の定期的な個別面談を採り入れる企業が増えているのも、社員の「働きがい」をケアするための諸施策が、採用や教育コストとの比較において「価値ある投資」との認識が広がっている裏付けと言えるでしょう。

「働きがい」とは? その、とらえどころのないモノ

それでは、「働きがい」の実体とはいったい何でしょう?  実際、同社の事例でも、働きがいに関する相談内容は多いといいます。

「ネガティブもあっていい」―評価とは隔離された安全地帯

「何に価値を感じるかは社員が持つ背景や経験によって異なり、一人ひとりのパーパス(存在意義)を見つけ、それを発揮できるフィールドがどこにあるかを探すお手伝いが私たちの役割」と荒井リーダー。会社から決まりきった解を与えるものではなく、あくまで多様な可能性の中から、社員自身が自分らしい“働きがいのカタチ”にたどり着くための、手間と時間のかかるプロセスが求められるようです。

そのために、人事評価とは切り離された「キャリア保健室」という心理的安全地帯を通じて、「ネガティブな面もあっていいんだ」という価値観やメッセージを発信し、社員の本音を引き出せる居場所づくりが有効であることを、同社のチャレンジは示してくれています。

「教えることはせず、相手が心地よく話しやすい環境を意識しています」という荒井リーダーは、社外でもコーチングを行うプロ水準の実力

「モヤモヤし続ける力」が生み出す創造性にも注目

“タイパ”(タイム・パフォーマンス)が追求される時代性とは正反対に、「モヤモヤする力」という概念が、最近注目されているそうです。その調査研究から、容易に答えが出ない事態にも性急に結論を求めず、不確実な状況に耐え得る力「ネガティブ・ケイパビリティ(Negative capability)」が、新たなアイデアを生み出す創造性にもつながる可能性が指摘されています。
(※参照:「ChatGPT」と真逆の概念に世界が注目 “モヤモヤ力”の可能性 [クロ現] | NHK

この観点から見れば、新入社員が投げ出してしまいたくなるような入社後のモヤモヤを共に受け止め、迷い悩みながら自分らしい働きがいを見つけるという不安定な過程をサポートする取り組みは、単なる早期離職対策にとどまらず、感度の高い世代のイノベーション創造力を引き出す効果も期待できるかもしれません。

「ディーセント・ワーク」を持続的価値創出のエンジンに

加えて、同社の取り組みの真価とも言うべきは、相談によって若い社員がパフォーマンスを発揮できるまでの立ち上げ期間を最適化することで、それが同社の本業である「営業のプロ人材」の早期戦力化とサービス提供価値の増大につながるという、経営戦略上の重要な意義とも、しっかりベクトルが一致している点にあります。

なぜいま、「人的資本経営」が脚光を浴びるのか?

企業における人材のとらえ方を、いかに効率的に使って消費するかという「コスト」から、いかに効果的に投資して増やせるかという「資本」へ意識転換し、人材価値にこそ持続可能な企業発展の源泉があると位置づける「人的資本経営」が、大手企業を中心に広がりをみせています。
(※参照:経済産業省「人的資本経営 ~人材の価値を最大限に引き出す~ 」

決算書に表れない「人」という無形資本によって企業価値を最大化しようという経営のあり方が、いま脚光を浴びているのも、不確実な社会背景のなかで、サスティナブルな企業価値創造のためには、従来型の「人事施策」を、経営戦略に連動した「人材戦略」化していく重要性が、その理由の一つとして挙げられます。

経済産業省の持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会が2020年9月公表した「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書」いわゆる「人材版伊藤レポート」でも、人材戦略が経営戦略に紐づいていないことについての課題認識の広がりが指摘されています。

出典:経済産業省 持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会「人材版伊藤レポート」参考資料より
https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/kigyo_kachi_kojo/pdf/20200930_3.pdf

企業文化の肥沃な土壌が、多様性と包摂性を育む

その実現のためには、社員一人ひとりの働きがいの多様性(ダイバーシティ:Diversity)に寄り添い、包摂性(インクルージョン: Inclusion)の受け皿となり得るだけの企業カルチャーという豊かな土壌が求められます。

まさに「柔よく剛を制す」の格言どおり、ディーセント・ワーク(Decent Work:働きがいある仕事)という、しなやかさを鍛える戦略が原動力となって、ひいては強固な経営基盤の成長サイクルを生み出すという、SDGs(国連の持続可能な開発目標)がめざすGoal 8「働きがいも経済成長も(Decent Work and Economic Growth)」の目標そのものといえるでしょう。

「新人層には浸透したが、既存社員の認知・理解度はまだまだ半分程度。もっと提供価値への共感を高めていきたい」という髙橋部長。同社の意欲的なチャレンジが、これからどのように人的資本の成長を芽生えさせ、企業価値の持続的向上へと結実を見せていくのか、今後も目が離せません。当研究所も引き続きその動向に注目してまいります。

株式会社セレブリックス
https://www.eigyoh.com/

【SDGsへの貢献性】

Goal8

〈ターゲットNo.8-5〉
2030年までに、若者や障害者を含む全ての男性及び女性の、完全かつ生産的な雇用及び働きがいのある人間らしい仕事、並びに同一労働同一賃金を達成する。

Goal4

ターゲットNo.4-4〉
2030年までに、技術的・職業的スキルなど、雇用、働きがいのある人間らしい仕事及び起業に必要な技能を備えた若者と成人の割合を大幅に増加させる。

Goal17

ターゲットNo.17-17〉
さまざまなパートナーシップの経験などをもとにして、効果的な公的、官民、市民社会のパートナーシップをすすめる。

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