“トライアル退職制度(仮)”〜 社員の成長欲求に応えて、企業の働きっぷり度を格上げする
<開発No.0001β>
当研究所R&D部門であるSDGsなミライWork開発室が、働き方の既成概念を超える「シン・働きがい制度」を世に問うオリジナルコンテンツ。
比べて戻れる“予行退職”なら、社員も企業もメリット
SDGsなミライWork開発室が試作設計中の「シン・働きがい制度」第一弾は、名付けて“トライアル退職制度(仮)”です。
退職希望の意向を申し出た社員に対し、正式な退職合意の前に一定期間、会社を離れて自分がやってみたい仕事(転職や起業)に挑戦する機会を与え、期間満了までの間は復職を認めるという制度です。
「え? トライアル雇用制度なら聞いたことがあるけど」っていう方も多いでしょう。
ハローワークで求職活動をしたことがある人はよくご存知のトライアル雇用制度は、「やってみたいけど、続けられるやかなぁ〜」という未経験職種の求人企業に、まず一定期間お試し就職した後、正規採用に移行されると企業側にも国から助成金が支給される仕組み。
予行雇用期間(短期の有期雇用契約)を設けることにより、実際に働いてみて双方が適性を見極め、ミスマッチを防ぐことができるというメリットから利用実績も多い制度です。
ハイリスクな“イチかバチか転職”
片道切符の“イチかバチか転職”は、社員本人とその家族にとってはもちろん、今まで育ててきた大切な戦力人材を突然失いかねない企業側にとってもハイリスク。それなら、退職にもトライアルがあってもいいんじゃないだろうか?・・・というのが本制度の開発目的です。
中核社員の突然「辞めたい」が、いま増加中
日ごろ企業現場に向き合う社会保険労務士として実感するのは、長く事業に貢献してきた中核社員が、ある日突然、退職願を出してきたと、経営者が慌てて相談してくるケースが増えていることです。
自社生え抜きで、能力と実績には上からも下からも一目置かれる有能人材。顧客とのトラブルもなく、経営者や上司との人間関係も悪くありません。
経営者がそれを理解できない訳
どうして急に退職する必要があるのか? その訳はと聞けば、「本気で自分がやってみたいことに挑戦したい」。
それが、時間をかけて築いたキャリアを捨ててまで、わが社を辞める本当の理由なのか?・・・経営者は理解不能な状況に陥ります。
社員の頑張りに報いる相応の地位と待遇は与えてきたつもりです。「やりたいことがあるなら、今まで通りわが社でやったらいい。このうえ、何が不満だというのか?」
有能人材ほど、働きがいを探し求める背景とは?
2020年以降のコロナ禍は、これまでのビジネスモデルや働き方が、この先10年も続くとは限らないという不確実な社会背景を直視せざるを得ない契機となりました。
この時代にわれわれが存在する社会的意義とは何なのか? 働く人も、企業も、根本的な存在理由(Purpose/パーパス)を問い直すべき再定義の時代を迎えているのです。
誰もがみずからの存在意義を問い直す時代
「自分はこの会社ひと筋に頑張ってきたし、十分な評価もしてもらっている。でも、自分らしく世の中の役に立てる他の選択肢が、もっとあるんじゃないだろうか?」
向上心や貢献意欲が高く、自己成長のためにリスクを取れる有能な人材ほど、今の会社という既成の枠の外にあるかもしれない自己の可能性を試さないまま、変化の激しいこの時代を黙ってやり過ごすことなどできないのではないでしょうか。
本当の退職理由は、「成長欲求=働きがい」なのです。
「コロナ禍における 人事総務担当者動向調査」(2020年11月、株式会社OKAN実施)によると、企業の組織課題の1 位は、コロナ禍前の“人間関係”から、コロナ禍後は“多様な働き方” へと変化がみられるというのも、その裏付けの一つといえるかもしれません。
辞めてみて、初めて分かることもある
職場変われば、当たり前が変わる・・・転職者なら身に染みて分かるセオリーは、これまで“常識”だと思ってきた社内ルールが、会社や職場が変わった途端にまるで一変してしまうという“転職あるある”な事実です。
そうだと知り得るのは、他の職場と比べてみて初め分かることも多い訳ですから、「思い切って新しい職場に来てよかった!」という人は幸いです。しかし、「やっぱり前の職場のほうが良かった・・・」なんて人は、今さらどうすればいいのでしょう?
やり直しが効かない“イチかバチか転職”では、普通ならば帰り道切符はありません。無理を押し通して辞める時に、良好だった経営者や上司との信頼関係にもヒビが入ってしまったかもしれません。
辞めた側の意地もあって、結局、意に沿わない転職先でしばらく我慢するも、遅かれ早かれ、さらに条件の悪い再転職のリスクを冒してしまうとすれば、まさに負の転職スパイラルです。
最重要リソースである人材ロスを防ぐには?
こうした結果を、だれが望んだでしょう? 社員とその家族、元の会社、次の会社、次の次の会社・・・少子高齢化時代のニッポンの最重要リソースである人材価値の損失でしかありません。
ここまで育てた企業は大切な人材を失い、それで本人がキャリアアップできたならまだしも、不本意な働き方を余儀なくされているとすれば、「だからあれほど止めたんだよ、お前のためを思えばこそ」と言いたくもなるのも人情です。
経験値も熱意もアップグレードして帰ってくる!?
それなら、正式退職(雇用契約解消)の事前段階として、“予行退職”できる制度があったら、どうでしょう? 自己探求に挑まずにはいられない有能人材に、社外の世界を知り、体験し、比較する機会を、会社のほうから与えるのです。
だからといって、もちろん後ろめたさを感じないで済むとは言い切れませんが、Undo可能なトライアル退職なら、いざというときは復職できる保証が、社員以上にそれを支える家族の不安感を軽減し、周囲も安心して応援してくれるはずです。
反面、不在期間中は当然ながら他の社員に負担をかけることになりますから、トライアルといえど、本気の覚悟と行動力を示さなければ、周囲も許容するだけの組織的説得力は得られないでしょう。
そのうえでトライアル退職を承認された社員としては、社長そして同僚たちの理解に応えるためにも、猶予期間中何ら行動成果もないまま、そう易々と戻りたいとは言えるはずもありません。
期間限定やり直しオプションが、行動マインドを生む
つまり、一定期間を限定してやり直しできるオプションがあるからこそ、家族の安心と応援を糧とし、送り出してくれた会社の度量に応えるため、思う存分自己成長に向き合おうという目標と行動マインドが生まれる可能性があるわけです。
そして、もし社員本人が自分らしい新たな働き方に出会えたなら、結果として復職しなかったとしても、送り出した企業側も納得できるのではないでしょうか? なぜなら、そもそもトライラル退職制度がなければ、とっくに正式退職していたのですから。
しかし、給料の多寡や労働条件だけが、働きがいとは限りません。前述したのがプランAだとすれば、プランBは「辞めてみて初めて、この会社が好きだと分かりました」と言って、トライアル期限までに帰ってくるパターンです。
実はよくある「出戻り転職」や「カムバック採用」
実際、これまでも企業現場においては、「出戻り転職」や「カムバック採用」「ジョブ・リターン制度」などといって、自己都合でやむを得ず退職した社員を、積極的に再雇用する採用慣行が実は珍しくありません。
採用や教育コストが抑えられるうえ、業務知識があって即戦力となり、企業カルチャーにもすでに適性があるなど、企業側にもメリットは多いからです。一度辞めたら二度と会社の敷居は跨げない・・・というのは、今となっては昔の話のようです。
一方、デメリットとしては、再雇用時の特別扱い的な不公平感が現役社員から出かねないリスクなどには注意が必要でしょう。
それなら、退職してから再雇用するのではなく、むしろ正式退職の前に一定期間限定のトライアル退職を認める制度化であれば、社内バランスにも配慮した明確なルールをあらかじめ整備しておくことも可能ではないでしょうか。
いずれにしろ、能力再開発のため敢えて異業種出向による社員体験価値を重視する企業も増えるいま、経験値も熱意もレベルアップした人材こそが、With/Afterコロナ時代の真の企業価値を格上げするに違いありません。
労働法上は、休職制度の拡張モデルを検討
労働法などの法律面においては、トライアル退職制度はどのように整理することができるでしょうか?
多くの会社の就業規則に見られる「休職制度」は、私傷病や公職就任など社員側の一定の事情で長期間の欠勤を余儀なくされることになった社員に対し、すぐに雇用契約を終了させることなく、会社が定める一定期間の在籍を継続し、期間満了までの間は復職を認める制度です。
企業が任意に決められる休職要件
実は、労働基準法や労働契約法には休職に関する規定はなく、休職制度を設けることは法律上義務付けられていません。 このため、休職制度を設けるかどうかは、各企業の判断で任意に決めることができます。
ノーワーク・ノーペイの原則に基づき、休職中は無給であることが多いようですが、社員にとっては同じ会社に復職が可能なうえ、私傷病が原因の場合は、この間も医療保険から手当を受給できる可能性があります。
会社にとっても、社員が一時的な私傷病等のために退職してしまっては長年育成した人材を失ってしまうことから、一定期間は退職を猶予することで、回復後の継続勤務の可能性を確保するメリットがあります。
そこで、この休職制度の適用事由を拡張する形で、勤続年数や役職、業務成績、保有資格などの一定条件を満たす転職・起業希望者が申請した場合に、会社承認によりトライアル退職を適用する制度設計が、一つの案として検討できそうです。
就業規則に要記載、同一労働同一賃金にも注意
なお、任意であってもその定めをする場合には、就業規則への記載が必要となり、労働条件の一つとして対象者全員に原則適用されます。また、いわゆる同一労働同一賃金の原則に基づき、制度適用者を限定する場合の合理的理由についても注意が必要です。
給与がない休職中も保険料が発生する社会保険については、私傷病等を理由とする休職の場合は「賃金の支払停止は一時的のものであり使用関係は存続するものとみられる」として資格は継続する取り扱いとなります。
(参考:このほか、通達「昭和26年3月9日保文発第619号」によると、「被保険者の長期にわたる休職状態が続き実務に服する見込がない場合又は公務に就任しこれに専従する場合等」についても言及されています。)
※本コラムで紹介する制度は執筆段階において未実施の検討案であり、実際の制度化にあたっては各使用者の責任において最新の労働社会保険諸法令その他法律上の適合性について検討を要することにご留意ください。